研修医だった約20年前、当直で出くわしたくない病気というのが存在したものでした。その一つが、胃腸炎関連けいれんです。脱水もあり、点滴によるけいれん止めもなかなか効果がなく、救急外来で診療しながら、病棟のナースコールに何度も対応して眠れないなんてことがありました。しかし今は、外来診療の場でも、重度の下痢症による脱水症をみることが本当に、本当に少なくなりました。この変化は、本テーマのロタウィルスに対するワクチンがもたらした恩恵にほかなりません。今日は結論から先に申し上げます。どちらのワクチンの効果も同等に素晴らしいです。それぞれのワクチンの特徴をふまえた院長の私見を最後に書きますが、どちらでもお好みで選んでいただき、ワクチンを接種する機会を逃しませんようにお願いいたします。
今回の内容は以下の通りです。
- ロタウィルス感染症について
- ロタウィルスワクチンの歴史
- 「ロタリックス」と「ロタテック」の共通点
- 「ロタリックス」と「ロタテック」の相違点
- どちらを選ぶかについて
【ロタウィルス感染症について】1,2
ロタウィルス感染症は、年齢にかかわらず何度でも感染しますが、5歳未満の乳幼児の罹患が多くみられます。潜伏期間は2日以内で、主に冬から春先に流行します。主な症状は急性胃腸炎で、多くは突然の嘔吐、発熱に続き(発熱を伴うことは70~80%くらい)、水様性の下痢を認めます。脱水症を合併する可能性が高く、まれに無熱性けいれんや脳症を合併することがあり、程度によっては入院が必要となることもあります。
ロタウィルスは感染力が強く、石鹸での手洗いや消毒用アルコールによる消毒だけでは感染予防できず、手洗いと次亜塩素酸ナトリウム系の消毒剤を使用した消毒が必要です。また、症状回復後も1週間程度は、多量のウィルスが便中に排出されるといわれているため、おむつの適切な廃棄に注意が必要です。登園許可にあたっては、日ごろの排便回数の2回以上を上回らない程度が目安と言われています。
【ロタウィルスワクチンの歴史】2,3
ロタウィルスは1960年代に発見され、1980年代からワクチンの開発が開始されました。
1998年にロタシールドという名前のワクチンが初めて発売されましたが、腸重積の副反応の増加により1年で販売停止となります。その7年後の2006年に「ロタテック」が、2008年に「ロタリックス」が販売ライセンスを取得し、現在の供給に至ります。そう考えますと、50年近くに渡るウィルス研究の積み重ねがようやく結実し、世界の子供たちを重篤なロタウィルス性胃腸炎から救っている成果を今、われわれは目の当たりにしているといえます。そして、今もなお臨床研究と疫学調査が継続され、ワクチンの安全性の検討と貧困地域へのさらなる普及に世界全体が力をいれているのです。
【「ロタリックス」と「ロタテック」の共通点】1
ロタリックスは1価ワクチン、ロタテックは5価ワクチンと表現される、ロタウィルス経口弱毒生ワクチンです。ロタウィルスには主に5つの遺伝子型(G1,G2, G3, G4, G9)があります。誤解されがちなので、あえて共通点に入れたのですが、ロタリックスはG1だけしか効果がないのではなく、交差免疫反応によってそれ以外の遺伝子型4つにも効果を発揮するため、この5つの遺伝子型に効果を発揮するという共通点があります。そして、腸重積を発症しうるという副反応も共通しています。その発生頻度については、5歳未満の小児に対するロタウイルスワクチンの効果を検証するための系統的レビューにおいても両者に有意差はないことが報告されています。4 日本におけるデータでは「ロタリックス」5および「ロタテック」6各販売会社から公表されていますので、ご興味がある方はご覧ください。発症頻度は現在10万接種にあたり2~3人、いずれも初回接種から7日以内が多いといわれています。
大事なことは、初回接種を出生14週6日目までに完了することです。腸重積症は週齢が高くなるにつれて自然発症の危険が増すので、これ以降はお勧めされません。早産で出生された場合も状態が安定していれば、生後2か月から接種できます。
【「ロタリックス」と「ロタテック」の相違点】
接種スケジュールと飲む量の違いだけです。「ロタリックス」は生後2か月から初回接種を開始し、27日以上の間隔をおいて、24週0日までの間に2回接種します。1回に1.5mlを経口で接種します。「ロタテック」は生後2か月から初回接種を開始し、27日以上の間隔をおいて、出生32週0日までの間に3回接種します。1回に2mlを経口で接種します。
【どちらを選ぶかについて】
国内のデータにおいても7、海外のデータ同様4、「ロタリックス」と「ロタテック」ともに、80%の有効性を認め、どちらを選択しても有意差がないことが証明されています。また、2016年アメリカからの報告では8その効果について2歳以降も持続するというデータがあり(ただし症例群の中央値は32か月)、ここも同等です。「ロタリックス」のほうが、「ロタテック」よりも2年販売が遅かったためか、「ロタテック」は7年間までの効果持続データが存在しますが、「ロタリックス」は3年間までの持続データのみとなっています。9 しかし、いずれのワクチンも、徐々に効果が薄れてくるものであり、効果そのものにも個体差があります。冒頭に述べたとおり、繰り返しかかる可能性がある感染症だからこそ、最も重症化しやすい初回感染を軽症化することに主眼を置いたほうがよいでしょう。
さて、本ブログの結論です。
「ロタリックス」が向いている方
●シロップの内服を少なくしたい(2回で済むから腸重積症へのリスク暴露が少ないともいえる)
●初回内服のスタートが遅れてしまった方(接種完了時期が早められる)
「ロタテックス」が向いている方
○シロップの内服が苦でない(3回内服でしっかり)
○より長期予防効果を期待したい(過去に存在する検討データがあるだけともいえる)
いかがでしたか?
ワクチンデビューにいらっしゃる可愛らしい赤ちゃんたちを、スタッフ一同、心よりお待ちしています! ワクチンスケジュールのご相談も承っておりますのでお気軽にどうぞ。
参考文献
- 岡部 信彦、多屋 馨子 予防接種に関するQ&A 一般社団法人日本ワクチン産業協会2024
- Courtney A Nugent, David A Stewart Rotavirus. Pediatr Rev.2023 Oct 1;44(10):598-600.
- Ballard SB, Gilman RH. Post-Rotavirus Vaccine Enteropathogen Landscape. Pediatr Rev. 2023 Mar 1;44(3):182-184.
- Schnadower D,et al. ; Pediatric Emergency Care Applied Research Network and Pediatric Emergency Research Canada. Association Between Diarrhea Duration and Severity and Probiotic Efficacy in Children With Acute Gastroenteritis. JAMAPediatr. 2021;175(7):e210347.
- https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/rotarix/pdf/rotarix-is-awareness-report.pdf
- https://www.msdconnect.jp/wpcontent/uploads/sites/5/2021/12/rotateq_RTQ21IT0134.pdf
- Araki K, et al.Effectiveness of monovalent and pentavalent rotavirus vaccines in Japanese children.Vaccine. 2018.
- Immergluck LC, et al. Sustained Effectiveness of Monovalent and Pentavalent Rotavirus Vaccines in Children.J Pediatr. 2016.
- Payne DC et al. Long-term Consistency in Rotavirus Vaccine Protection: RV5 and RV1 Vaccine Effectiveness in US Children, 2012-2013. Clin Infect Dis. 2015 Dec 15;61(12):1792-9.